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卒業制作のプレゼンテーションがあった。
緊張は、まえの中間発表のときと同じぐらい。緊張の解き方は、必死に現実逃避とか、うわああどうしよーって友達はしゃいだりとかした。
結果は、理解してくれて嬉しかった分と、いいアドバイスをいただけました。f:id:momorenchan:20160128184831j:image
プレゼンテーションは終わっても、なおさなきゃいけない箇所があるので、全体はお見せできる状態じゃないので一部で。

モラトリアム人間について、100人以上、人間を描きました。

モラトリアムっていうのは子供が大人になるまで、アイデンティティをみつけて自我を確立させるまでは、精神的、社会的に与えられる執行猶予みたいなもので、もう大人なのにアイデンティティの確立ができず、自分の立場を正当化して甘えたりとか、自分の可能性を過信しすぎて、組織に属さなかったりとか、そういったことが続いてしまうのが、モラトリアム人間と言うらしいです。
昔流行ったらしいけど、今も、私たちの世代にも、たくさん居る。それに絶対的な共感をして、モラトリアム人間の因果について、書こうと思った。

水張りしたB2のパネル6枚で、4メートル半ぐらい。

アナログなんて鉛筆と水彩、あとは線画のあるアクリルガッシュなんかでしか描いたこと無かった。線画なしで、アクリルガッシュで描いた。

自分でああしたい、こうしたいって意思がすごい出たと思う。
絵を描いてる途中まで、いろいろ書き込んでたけど、やっぱぼんやりしてたほうが良いのかも、なんて急に思い出して、せっかく塗った絵をリペイントしたり。

卒業制作っていうのは、完成とか、成功とかそんなんじゃなくて、いい経験として自分がこれからどうして行きたいかっていう気持ちだと思った。
自分のためだし、自分の絵を見て喜んでくれるひとのため。
これから、また好きな絵、描きたい絵を書くと思う。みんなが喜んで見てくれる限り、誰かが求めてくれる限り絵を描き続けたいと思った。もしかしたら誰も見てくれなくなっても1人で書いてるのかも。好きだからね。

なんかもっと書きたいことあった。
忘れた。
たぶんもう思い出さない

みてよ

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そふぃさんけーき。
彼氏が用意してくれた。おいしかった。
イチゴは、イチゴじゃなくてチョコだった。

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さきえちゃんからとどいたの。
まいめろかわいいし、お菓子もたくさん嬉しかったな。

6こぐらいケーキたべてしまった。
年末太りには気をつけよう。

じまんだよ。


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千葉にあるおいしいごはんやさんにいった。
これから展示二ヶ所まわろうかな。
雲がかかってるけど、天気は大丈夫かな。
そのあとバイトだからがんばる。

21になるとき

21になるとき

11歳から始めたインターネット。
インターネット11年生になってしまった。

当時の自分は、やっていいことわるいことの区別があまりついてなかったのかも。してしまったことの、経験を通して、区別がついた。ネットゲームとか。
昔も絵を描いてた。萌え系のイラスト。
お絵かき掲示板と出会ってから、中3くらいまで、そういう絵をかいてた。ツイッターとかにあげてた。

高1から、あまり絵を描かなくなった。もう15、16とか、成長してる中でお友達つくるのって大変だなと思ったし、このとき改めて学校で友達の作り方なんて習ってないなって思ったし、それなのにみんなあたりまえのように簡単に友達をつくってしまうからこわいなって思ったこともあった。ぽんには、お友達もできたけど、付き合い方とかよくわかってなかった。
弓道部に、入ったら、気の合うひとがたくさんいた。

絵の話に戻るけど、朝から夜近くまで学校、部活、をしていたら、だんだん絵を描けなくなっていった。おぼえることがたくさんで、なかなかその気になれなかった。友達が、パンティーアンドストッキングっていうアニメを教えてくれて、そのキャラがかわいくて書いたってぐらい。

高1の冬に、新しいアカウントをつくった。すでにアカウントは持ってたけど、部活のみんなと連絡取る用のアカウントだった。それがくず餅ぽんのアカウント。kuzumochigirlてのもテキトーだったし、名前もまあまあテキトーだった。寒天くず餅から取った。

絵を描くのが、顔を描くのが、書いたからにはしっかり着彩てのが、できなくなってきて、今みたいな感じの絵をたくさん書き始めた。当時珍しかった、ネオコス展とか、きむらももこちゃんの、影響が強いかな。絵をかいてたら、なんとなく、ネットの友達も増えてきた。
2つのアカウントを管理するのがめんどくさくて、くず餅ぽんじゃないほうのアカウントは、消した。

16さいの終わりどき、20になったらこんなことやめよっておもった。いつまで続くんだって思ったし、

いやたぶんいまも思ってるかも。
いつまでも、2、3年以内って思ってる。そうやって制限することで落ち着いてる。でも絵は描くんだろうな。絵は好きだから。
ありがたいことに、多方面から、いろんなチャンスを貰えた。こんな自分だから新しいことに、怖がってる。いけないんだとおもう。どうせなら楽しく好きなように、やりたいよ、ね、

なんていうか、もっと自分らしく進めていければな。まだまだ満足してない。
向き合ってく。いい影響は、受けてく。取り入れないと、自分の中の良いものは、死んでくばかり。もったいない。


きのうは、シナプリのハプナにつれてってくれて、夜ご飯を食べた。
すごいいっぱい食べた。
帰りの電車、座れて良かった。

学校最後の日っぽいから、クリスマスとして、みんなでお昼休みに、ケーキとたこやき食べた。

お誕生日も、はやいけど祝ってもらった。
お腹いっぱいだし、しあわせだった。、


バイト
早く辞めたい
何かあったわけじゃないけど嫌いな人ばかり増えてく、
何かあったわけじゃないけど
何かあったわけじゃないけど
何かあったわけじゃないけど
いつのまにか嫌いな人が増えてく
いつのまにか
何かあったわけじゃないけど
いつのまにか何か
嫌いになってたりもする
たぶん自分の劣等感
中途半端なところとか
最初は、よくやるくせに
いい子ぶってそれも最初だけ
周りに追いつかなくなるからウザくなる
強く当たられると死ねと思う
あたられなくても心のどこかでついつい死ねと思う
早く


たのしいこと忘れたくない

中間発表

卒業制作の中間発表だった。
進捗はさんぶんのいちぐらい。

あくまで自分のやりたいように、
正当化しちゃって、
それこそモラトリアムだ!って
もうこれが私の自己同一性ですって
いいてえな

今日はなんかわりとついてないかな。
ふつうに、楽しいことやいいことはあったんだ。

でも気がついたことがいくつかある。
ほんとに人付き合いが苦手、こうやって画面に向かって文字打ってる、

ほんとに好きな人にしか心開けないっていうより
私にとって話してる相手の反応や喋り方や受け入れ方が全てだから、何も喋らない人には、なにもしゃべれないんだろうな。自然に相手に合わせてる。そんなつもりはないがそういうことだと思う。

あ、安全だって思ったら、にこにこできるけど。

ほんとにキモい

肌荒れがヒドい

昨日は10時に寝た。
んで、今日は学校があったから、5時に起きた。


足首にポンポンがついた靴下を下ろしたんだ。
かわいくて気に入っていたが、バイトおわったら無くなってた。かなしかった。


今日は卒制で、絵に色を塗っていた。
わたしらみたいな若者に多い、モラトリアムについての絵をかいてる。
わたしもあまりむずかしくてわかんないけど、わたしなりに書くと、大人になりたくない大人、とかそんなかんじ。


先生に言われた。
卒制でブランディングとかをやってる人は、あれが、これがって要素を追加したり、修正できるけど、ぽんは絵を描いてるから、ひとつの絵を発表するんだから、その絵をいかに良くするかってことを考えてって。そう言われた。

配色について考えた。
書いた沢山の女の子に、色をつけるにしても、その髪の色瞳の色ひとつひとつに意味をつけなきゃ意味ないままだなって。たとえば水色を塗るにしても、なんとなく好きだからとかそうじゃなくて、こう思ったから、これに影響されたから、水色は空の色だから、海の色だから、心を落ち着かせる色だから、冷たいから、だのなんだの意味を持たせないと、絵として薄いものになっちゃうんだ。

っておもった。

だからもうすこしがんばろうな。

考える時

考えるときがある。
いろいろな関係であまり言えないけど。
わたしのブログだから書くね。


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これは今やってる卒業制作だよ。
横幅の全長が約4メートル30センチの、巨大な絵。書いててすごく楽しい。今まで自分がなんとなく逃してきた機会とか、なんとなくやらなかったことが、ぎゅっと詰まって今やってるよってかんじ。今までの時間にごめんねしたい。でも決して無駄じゃない。
みんなの目に触れるかとかわかんないんだけど、もし良いものに仕上がったら展示でもしたいなっておもう。


絵を描くのは好きだ。自由に好きな絵を、すきなときにかいてる。
なんのため、の絵かって、絵が描きたいから絵を描く。それだけ。それだけなんだよね。 


最近思ってたのは、《グッズのための絵》を描くのがきついってこと。
もともとはグッズやさんじゃないから。

好きだから、絵を書いてる。
原画はなぁー、うーん、って人にも、お部屋にポストカードをどうぞ、身近に、缶バッチをどうぞって、できるようにはじめたグッズ製作。

いつのまにかグッズ中心みたいな考えになってた。

でも、好きって言ってくれる人がいて、ぽんもそれが嬉しいってのは、ほんとにほんと。いつもありがとう。みんなだいすきです。

ご依頼とかはもちろん頂いたら、ありがたく受けさせてもらうし、120パーセントの力でやらせてもらうし、個人的にこれ作りてーー!!(抱き枕とか)って思ったものは絵を書きおろすかもしれないけど、基本的にはグッズを前提としたイラストは描かない(缶バッチつくりたいから缶バッチ用に絵を描く)とかを、しないぞってことです。

絵があって、その絵をつかって、グッズをつくる、

そんな、わたしの中では当たり前で理想的なことがいつのまにか、ほんとうにいつのまにか、そんなことなくなってたみたいで、。

やることは今までと変わらないと思う。絵を書いて、グッズつくって、。
ただわたしがまたしっかり思い返すことで、作品に対する意識が変わって、みんなが好きって言ってくれるいい絵がまたかけるようになりますようにって、感じた。


改めてまた、がんばろうとおもう。